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2018年11月15日 木曜日

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箆柄暦『九月の沖縄』2018

《Piratsuka Special Long Interview》

石川陽子『三味の喜び』
〜師匠・大城志津子の歌を、多くの人に届けたい。〜

箆柄暦[紙]の特集に掲載しきれなかったインタビューの全容を一挙公開!

故郷の沖縄を拠点に、県内外でライブ活動を行っている沖縄民謡歌手の石川陽子が、この秋、初のアルバム『三味(しゃみ)の喜び』をリリースする。本作は、彼女が「かけがえのない師匠」と慕う沖縄民謡界のレジェンド・大城志津子に捧げるべく、師のオリジナル曲や師がステージで歌ってきた民謡、そして自身が師への思いを込めて書いた初の自作曲など、全15曲を収録した渾身の一枚だ。「師匠の歌をもっと多くの人に知ってほしい」と語る彼女に、アルバム制作にかけた思いを聞いた。

●“大城志津子の最後の弟子”として、師匠の歌を引き継いでいく。

—-まず、今回のアルバムリリースのきっかけから教えていただけますか。

石川 昨年、東京のリスペクトレコードから発売された民謡アルバム『ウチナー・ラヴソング』に、歌三線で参加したのがきっかけです。レコーディングのとき、私が「(師匠である)大城志津子先生のことを、もっとたくさんの人に知ってほしい」と話していたら、それがリスペクトレコードの高橋(研一)社長の耳に入ったそうで。後日、高橋さんから「次はぜひ、陽子さんが師匠の作品を歌うアルバムを作りましょう」と声を掛けていただきました。

大城志津子は、1947年(昭和22年)石垣島生まれ。幼少から歌三線に親しみ、中学卒業後は民謡歌手になるため島を出て那覇へ。16歳で初録音した「朝花」のヒットにより人気を博し、以降はレコード録音、ラジオやテレビへの出演などで活躍するほか、オリジナル曲も80曲以上発表している。1965年には自身の民謡研究所を立ち上げ、後進の育成に取り組む一方、1975年には民謡クラブ「ハンタ原(ばる)」をオープン。2005年に体調を崩して以降は店を閉め、第一線からは退いているが、現在も沖縄民謡界の重鎮として知られる、ゴッドマザー的な存在である。

—-陽子さんは、大城志津子さんから直接指導を受けた中では“最後の弟子”にあたるそうですね。師匠に師事されたのはいつ頃からですか?

石川 私が志津子先生のもとで学び始めたのは、23歳のときからです。

私はもともと沖縄に住んでたんですが、小学4年生で大阪に引っ越すことになって。大阪では祖母が沖縄料理店を経営していたので、民謡や三味線も身近にあって、大阪ながら沖縄的な環境の中で育ちました。高校生のときには「民謡を本格的に習ってみたい」と思って、近くに住んでいた普久原千鶴子先生(民謡ユニット「でいご娘」の三女)のもとに通ったこともあります。ただ、そのときは自分も高校生で遊びが優先だったし(笑)、千鶴子先生も1年後には沖縄に帰られてしまったので、あまり身につきませんでした。

それが20代に入った頃、子ども達に三味線を教え始めたりしたのがきっかけで、「いずれは民謡の教師免許を取って、大阪で教室を開いて、沖縄民謡を大阪の人に広めたいな」と思うようになったんです。そのためには沖縄でちゃんと民謡を学ばなくては、と思ったので、23歳で沖縄に行こうと決めました。

それで(大阪で教わっていた)千鶴子先生に相談したら、「沖縄で女性の先生に習うなら、大城志津子さんがいいと思う」と勧められて。それを祖母に伝えたら、実は祖母は志津子先生と同郷(石垣島出身)で知り合いだったので、「私が志津子に連絡する」って言ってくれて、志津子先生も「姉さんの孫だったら預かるよ」って引き受けてくれたんです。それで志津子先生の自宅兼お店(民謡クラブ・ハンタ原)に住み込みながら、教えてもらうことになりました。

—-それまでの間に、志津子さんの歌三線を聞いたことは?

石川 それが、まったくなかったんです(笑)。歌以前に姿も見たことないし、どういう方かぜんぜん知りませんでした。でも実際にお会いしてみたら、しゃべり方がゆっくりで、とても優しい方で。稽古もちゃんと歌を覚えてから臨めば、怒られることはなかったです。内弟子として1年間、それ以降は通いで教えていただきましたが、稽古で辛いとか厳しいと思ったことは一度もなかったですね。

—-実際に習い始めて、志津子さんの歌や三味線に魅了されたわけですね。特にどんなところに惹かれたのでしょう。

石川 私が先生の歌でとっても好きなのは、個性的なところです。三味線の音や歌声の強弱がはっきりしていて、メリハリがある。ああやって歌う方は、たぶん他にはいないと思います。ただ、メリハリがあるぶんクセもあって、節回しも細かいから、いざ自分で歌おうとすると、すごく難しい。今回のレコーディングでも、直接指導してくれた姉弟子の喜久山節子先生に「ここはそうじゃない」って何回も直されました(苦笑)。節子先生は志津子先生の一番弟子的な存在で、私が弟子入りした最初の頃からお世話になっている方です。直接稽古をつけてもらったのは、志津子先生より節子先生のほうが多いと思います。

あと、志津子先生が一番すごいと思うのは、独学であれだけの技術を身につけていること。「この歌はこの人に習った」とかはあると思いますが、誰か一人の先生に師事した経験はないようですし、あの独特の歌い方、弾き方を自分自身で編み出したわけで、本当にすごいなと思います。どこにも属さない、我が道を行く感じも好きです。

—-そんな師匠の弟子として、「これは引き継いでいかなくては」と思っていることはありますか。

石川 私自身が「大城志津子の弟子です」とか言わなくても、三味線をぽんと弾いて歌ったとき、その音や歌い方で「あ、志津子先生の弟子だな」とわかってもらえるようになりたいですね。この思いは、たぶん他のお弟子さんより強いと思います。というのも、姉弟子には節子先生や金城恵子さん、亀谷とみ子さんなど素晴らしい方々がいらっしゃいますが、姉さん方は志津子先生とほぼ同世代で、その下は私しかいないんです。私の世代が引き継いでいかないと、「大城志津子の歌」を歌える人がいなくなってしまいますから。

●志津子先生の曲の素晴らしさを、石川陽子の声で伝えることができたら。

そんな思いを胸に挑んだ今回のレコーディングは、石川にとって「師匠の歌を広めるまたとないチャンス」である一方、相当のプレッシャーを伴うものでもあったようだ。最初に設定されていた録音予定日は「準備が間に合わない」と延期してもらい、喜久山節子の指導を受けて必死に練習。録音現場では喜久山が三線で、同じく姉弟子の金城恵子が島太鼓で参加したほか、更に数人の兄弟弟子も加わり、石川をサポートした。先輩方の強力な支えも得て、石川が歌三線で繰り広げた“大城志津子の世界”。それは師匠独特の歌い回しや三線の手をしっかりと継承しつつも、たおやかな美声で歌に新たな命を吹き込んでいく、いわば“石川陽子の世界”の誕生でもあった。

—-今回のアルバムについて、志津子さんはどのように仰っていましたか。

石川 実は今回、選曲も先生には相談せず自分で決めてしまったし、録音を聞いたら「まだまだ先生のようには歌えていない」と感じるところも多かったから、きっと怒られると覚悟していたんです(苦笑)。でも先日、こわごわ会いに行ったら「私は弟子のことはなかなか褒めないけど、よくここまで頑張ったと思う。私は嬉しいよ」と褒めてくれました。

「“三線小(さんしんぐゎ)むぬいいなち(=三線は語るように弾いて歌うもの)”、なかなかあの音を出すのは難しいよ。ここまで来るのは大変だったと思うけど、あともう一踏ん張りだから、何回も私の音を聞いて、ひたすら弾きなさい。CDを出したからといって鼻高くなったらだめだよ、今からがスタートだよ。これからはあんたが他の弟子の手本になりなさい」。そう言ってもらえて、本当に嬉しかったです。

—-本作の1曲目には、陽子さんが作詞作曲を手がけた「大木(うふぎ)ガジュマルや」が収録されていますね。これは初の自作曲だとか。

石川 そうなんです。私は昔の民謡が好きなので、自分で曲を作ろうと思ったことがなかったんですが、今回は(リスペクトレコードの)高橋さんが「師匠への感謝の気持ちを、自分で曲にしてみたら」と勧めてくれて。最初は「えっ」と思いましたが、せっかくの機会だし、沖縄民謡界での師匠の存在の大きさをガジュマルの大木になぞらえる歌詞を書いて、ゆったりとした曲をつけました。二番と三番の歌詞は普久原恒勇先生(※註)に手助けしていただいて、初のオリジナル曲ができました。これを機に、今後は少しずつ自分の曲も作っていけたらと思っています。

—-今後、陽子さんが歌っていきたいのはどんな歌ですか。

石川 今回のアルバムもそうなんですけど、私は三線・島太鼓・三板という最低限の楽器だけを使った、昔ながらのスタイルで歌う沖縄民謡が好きなんです。最近は民謡も洋楽器を使って、誰にでも聞きやすいアレンジで歌われることが多くなってて、もちろん今の時代はそういうアプローチも必要だと思いますけど、それだけでは私は寂しいなと感じていて。沖縄という民族の中で伝わってきた音楽は、そのままの形で歌い継いでいきたい。

私自身は志津子先生みたいに「朝から晩まで三味線を弾いてても飽きない」ってタイプではないんですけど(笑)、それでも歌をやめたいと思ったことは一度もないし、歌に対する気持ちは23歳で沖縄に来たときから変わっていません。というか、むしろ強くなっているかもしれない。ちょうどいま40歳で、教師の免状もいただきましたし、これからもっと民謡を突き詰めていきたいと思っています。将来的には、カウンターだけの小さな店で、静かな沖縄民謡をゆったり聞かせる、ジャズバーみたいな民謡酒場をやれたらいいですね(笑)。

—-この先は9月末に那覇で、10月に東京でCDリリース記念ライブが予定されています。ライブへの意気込みをお聞かせください。

石川 当然ですが、ライブではすべての曲を自分が中心になって歌うことになるので、はたして大丈夫だろうかと今から心配しています(笑)。でもできるだけ緊張しないで、楽しんで歌えればと。「大城志津子の作品にはこんな曲もあるよ」って、来てくださる方に知っていただきたい。そして何より、志津子先生の曲の素晴らしさを石川陽子の声で伝えることができたら、それが一番嬉しいですね。

※註[普久原恒勇(ふくはら・つねお)]
沖縄音楽界を代表する作曲家・音楽プロデューサー。「芭蕉布」「豊年音頭」「島々美しゃ」などの名曲を手がけたことで知られる。

石川陽子(いしかわ・ようこ)

沖縄出身。小学校高学年から学生時代を大阪で過ごし、祖母の経営する沖縄料理店で民謡や三線に親しむ。23歳で沖縄民謡を学ぶため帰沖、大城志津子に師事。現在はライブ活動のほか、民謡の指導者としても活躍中。

CD info

石川陽子『三味の喜び』
http://www.respect-record.co.jp/discs/res309.html
リスペクトレコード RES-309 2,800円(税別) 9/5発売
大木カジュマルや/三味の喜び/じゅり馬(馬舞者〜じゅり馬)/新ディグぬ花/観光パナリ島/朝花〜ちんちく竹/大城アッチャメー小/トーガニー〜泊高橋/アンチャンメー/永良部恋歌/よー加那ヨー/山浦ぬ眺み〜比謝川ぬ流り/千鳥小/若水/永良部の子守唄

live info

◆石川陽子『三味の喜び』リリース記念コンサート

【那覇編】出演:石川陽子(歌三線)/喜久山節子(歌三線)/金城恵子(島太鼓)/新城慎一(六線)/安慶名久美子(琴)/山城香(歌)/吉川徹(六線)
日時:2018年9月29日(土)18:00開場/18:30開演
会場・問合せ先:桜坂劇場ホールA TEL.098-860-9555
料金:前売2,800円/当日3,000円(高校生以下前売2,500円/当日2,800円)※1ドリンク別途、未就学児入場不可

【東京編】出演:石川陽子(歌三線)/金城恵子(歌三線・島太鼓)
日時:2018年10月19日(金)18:00開場/19:00開演
会場・問合せ先:南青山MANDALA TEL.03-5474-0411(16:00〜22:00)
料金:前売3,500円/当日4,000円 ※1ドリンク別途、未就学児入場不可

◆石川陽子『三味の喜び』リリース記念ミニライブ&サイン会

日時:2018年9月8日(土)14:00開演
会場・問合せ先:タワーレコード那覇リウボウ店 TEL.098-941-3331
料金:無料