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2019年4月21日 日曜日

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箆柄暦『四月の沖縄』2019 島ぜんぶでおーきな祭 沖縄国際映画祭 開催記念 ありんくりん

《Piratsuka Special Interview》

ありんくりん
~おーきな祭でみんな一緒に盛り上がろう!~

「ラフ&ピース(笑いと平和)」をテーマに、映画、音楽、お笑い、アート、スポーツなど、多彩なエンタメを楽しめる祭典「島ぜんぶでおーきな祭 沖縄国際映画祭」。今年も4/18(木)~21(日)の4日間、沖縄県内各地の会場を舞台に開催される。今回で11回目を迎える本祭は、沖縄県民はもとより県外の沖縄ファンや映画ファン、お笑いファンにも広く親しまれており、今や“沖縄の春の風物詩”ともいえる一大イベントとなっている。

今回は、2018年夏と2019年正月の県内お笑いコンテストで連続優勝を勝ち取り、2019年3月からは12ヶ月連続で単独ライブにもチャレンジするなど、いま勢いに乗っている沖縄の若手お笑いコンビ「ありんくりん」にインタビュー。メンバーのひがりゅうたとクリスに、「おーきな祭」の魅力や見どころを語ってもらうとともに、これまでの彼ら自身の活動歴や、今後の目標についても話を聞いた。

●おーきな祭は、沖縄の若手芸人を浮かれさせる?!

—-ありんくりんはNSC沖縄(吉本総合芸能学院沖縄校)の3期生で、卒業後の2014年から本格的に活動を始めていますが、おーきな祭にはそれ以前から参加しているそうですね。

ひが はい。NSC在籍中に「新人お笑いグランプリ」みたいなコンテストで賞をとって、レッドカーペットやイベントステージに出させてもらいました。

クリス 僕のほうは、NSC入学前からボランティアスタッフとしても参加していました。当時から「いつかあのステージに立ちたい」と思っていたので、実際に出演できたときは嬉しかったです。

—-お二人は普段、活動の拠点としている劇場「よしもと沖縄花月」の公演に加えて、県内外のさまざまなイベントにも出演していますが、おーきな祭のステージは、それらとはまた違った感動があるのでしょうか。

ひが そうですね。祭りの間は、僕ら沖縄の若手芸人は、みんなスター気分で浮かれるんですよ(笑)。いつも以上にたくさんのお客さんの前でネタを披露したり、全国的に活躍されてる先輩芸人の方々と共演したり、映画スターの皆さんにインタビューしたりしてるうち、『あ、俺らも売れたんじゃない?』って勘違いしちゃうんです(笑)。祭りが終わると、現実に戻るんですけど。

クリス でも、僕らにそう勘違いさせるだけのエネルギーが、この祭りにはあるんです。芸人だけでなくお客さんもテンション上がってるから、レッドカーペットも映画の上映会も、お笑いステージも音楽ライブも、ものすごく盛り上がります。あの楽しさ、ぜひ会場で味わってほしいです。

—-おーきな祭に参加することで、芸人としてプラスになっているな、と感じることはありますか?

クリス たくさんあります! たとえば、内地で活躍している先輩芸人の方々の漫才やコントは、普段のよしもと沖縄花月の舞台でも見ることができるんです。でもそれ以外の仕事、たとえばバラエティ番組のロケとかでご一緒して、そのお仕事ぶりを間近で見ることができるのは、おーきな祭の時期ならではですね。

ひが 去年は僕らは大宜味村で、吉本新喜劇の川畑泰史座長と、1泊2日のロケに同行させていただいたんです。2日間すごく近い距離で一緒に仕事ができたっていうのは、今考えても貴重な経験だったなあと思います。そういう機会があれば、先輩方にも僕らの名前を覚えてもらえますし、おーきな祭にはホントに感謝してます。

—-今までのおーきな祭で、特に印象に残っていることはありますか?

ひが やっぱり、初めてレッドカーペットを歩いたときですね。ガレッジセールさんが僕らの目の前を歩いてて、「こうやってガレッジさんと一緒に歩けるなんて、お笑いを始めて本当に良かった!」と思いました。

クリス ガレッジさんの場合、沖縄では「おかえりー!」って迎えられるでしょう。僕らももっと内地で売れて、沖縄で「おかえりー」って言ってもらえるようになりたいです。そうなったらきっと、レッドカーペットもまた違う感動があると思うので。

●アメリカの大学に留学するはずが、お笑いの道へ

—-ではここで、ありんくりんの活動歴について伺いたいと思います。まずは、お二人がコンビを組むに至った経緯を教えてください。クリスさんはコザ(沖縄市)出身、りゅうたは北中城村出身で、同じ学校の同級生というわけではないんですよね?

クリス はい。僕とりゅうたは、学校は違うけど学年は一緒で、高校時代に共通の友達を通じて知り合ったんです。

僕は父がアメリカ人、母がアメリカ人と日本人のハーフという「逆クォーター」なんですが、高校卒業後は父の故郷であるアメリカの大学に留学して、英語を身につけようと思ってたんです。ただ、諸事情で入学が1年遅れることになって。当時、僕は「一度は東京で暮らしてみたい」と思っていてたので、親に「3ヶ月間だけ東京で働いていい?」と頼んで、季節(季節労働=内地への出稼ぎ)に行きました。

そのとき休日に渋谷を歩いてたら、たまたまヨシモト∞(ムゲンダイ)ホールの前を通りかかって。そこでお笑いライブをやってるのを見て、「すごい!」って感動したんです。それで「自分もお笑いをやりたい!」と思って、沖縄に戻ってりゅうたに連絡して、「一緒にお笑いやろうぜ」って誘いました。りゅうたがもともとお笑い好きだったのは知っていたので。

ひが でも僕、最初は断ったんです。小さい頃からお笑いには興味があって、地元のお祭りの余興とかでも(お笑いを)やったりしてたけど、もともとすごく好きだった分、自分がその道に進むのは難しいと思い込んでて。だから高校卒業後は普通に働かなきゃと思って、就職活動したんです。苦労して苦労して、ようやく就職できたところにクリスから話があったので、そのときは「無理」って断りました。

クリス りゅうたはお笑いの世界をよく知ってたからこそ、考えすぎて足を踏み入れられなかったんですよね。僕はいい意味でバカだったんです(笑)。怖いもの知らずというか、活動を始めればすぐにでも売れるだろうと思ってた(笑)。

それで僕は、同じくお笑いが好きだった共通の友達のほうに声をかけて、コンビを結成しました。それで二人で活動を始めたら、りゅうたが「やっぱりちょっとやってみようかな」って入ってきて。

ひが だって、単純に楽しそうだったから(笑)。それにいざ就職してみたら、仕事がどうしても合わなくて…。クリス達がお笑いをやってるのを見て、うらやましくなって「僕も入れてください」って頼みました。

クリス それで三人で活動を始めたんですが、実際にやってみたら、りゅうたのやりたいお笑いと、もう一人の友達のやりたいお笑いの方向性が、ぜんぜん違ってることに気がついて。「この三人で続けていくのは難しいね」となって、トリオは解散して、僕とりゅうたで新しくコンビを結成しました。ちなみにその友達は今、同じよしもと沖縄で「OCEAN」ってコンビで活動してます。

ひが それで二人で「これからどうする?」と相談して、「NSC沖縄に入学しよう」となったんです。

—-クリスさんは「アメリカの大学に行くはずが、お笑いの学校へ」となったわけですが、ご両親には反対されませんでしたか?

クリス うちは父が厳しい人なので、言い出す前はめっちゃ怖かったですよ。最初は母に話したんですが、母も反対してて、なかなか説得できませんでした。でも思い切って父に話してみたら、「いいんじゃないか」って、意外とすんなり受け入れてくれて。「人生は一回だし、まず好きなことをやってみて、ダメならアメリカに行きなさい」と。それで気が楽になって、母のOKももらって、NSC沖縄に入学しました。

●沖縄の芸能や文化とお笑いをミックス

—-お二人のステージは、トーク全般にウチナーグチを取り入れていて、ネタも三線やエイサーなど沖縄の文化や、米軍基地など沖縄の社会背景を題材にしたものが多いですよね。ネタ作りは主にひがさんが担当しているそうですが、当初からこういった「沖縄ならではの笑い」がやりたいと思っていたんでしょうか。

ひが そうですね。僕はもともと「郷土劇場」とか「oh!笑いけんさんぴん」とか、沖縄で放送されている芸能番組をよく見ていて、ああいう「沖縄ならではのしゃべりで、沖縄の人を笑わせる」っていう舞台に魅力を感じていました。それでクリスと一緒にやることにしたとき、自分達はどんなふうに見られたら面白がってもらえるかな?と考えて、即「沖縄とアメリカだね」と(笑)。そのキャラクターの対比を生かして、ネタを作っていこうと思いました。それに、今まで三線や島太鼓をネタにしている沖縄の芸人って、いそうで案外いなかったし、それをやれば盛り上がるんじゃないかな、と。

—-沖縄の文化とお笑いをくっつけたら、唯一無二のステージができるはずだ、と。

ひが はい。それでネタを作り始めて、もちろん放送作家の方とかにもネタ見せしたんですが、もっと他のジャンルの方にも見てもらいたくて、照屋林賢さん(※1)に会いに行ったんです。ネタを見てもらってアドバイスをもらったり、林賢さんのお父さんの照屋林助さん(※2)や、林助さんの師匠の小那覇舞天さん(※3)のお話を聞いたりしました。

※1・照屋林賢(てるや・りんけん):1990年代初頭から沖縄音楽シーンを牽引し続ける沖縄ポップバンド「りんけんバンド」のリーダー。現在は北谷町美浜のライブハウス「カラハーイ」を拠点に活動しており、女性グループ「ティンク ティンク」など後進のプロデュースのほか、ホテルやレストランの経営も手がけている。

※2・照屋林助(てるや・りんすけ):照屋林賢の父で、戦後の沖縄芸能界を牽引したマルチアーティスト。「てるりん」の愛称で親しまれ、音楽家・漫談家として幅広く活躍した。2005年逝去。

※3・小那覇舞天(おなは・ぶーてん):照屋林助の師匠で、戦後の沖縄芸能界で活躍した一人。終戦後、戦争で家族を亡くした人々の家を林助とともに回り歩き、「残された人がずっと泣いていては死んだ者も浮かばれない。生き残ったお祝いをしましょう」と、歌や三線で元気づけたという逸話は有名。ひがは2018年に、この舞天を主人公にした舞台作品『ヌチヌグスージサビラ~沖縄のチャップリンと呼ばれた男~』の脚本を手がけた。

—-ひがさんはステージで三線を弾いたりエイサーを踊ったりしていますが、そういった沖縄の伝統芸能には、以前から親しんでいたんですか?

ひが はい、独学なんですけど。もともとはエイサーが好きで、中学校の頃にエイサーのものまねをしてるうち、三線が弾けるようになりました。北中城村の青年会にも入って、エイサーで地謡(唄三線)や太鼓、チョンダラー(踊り手)も経験しています。あと、小さい頃には獅子舞とかもやらされてましたし、そういうのは自然と身近にあった感じですね。

クリス ただ、ウチナーグチは無理にそれっぽく作ったりはしないですね。「○○さぁ~」みたいなのはやらない(笑)。自分達にとって普通のしゃべり方でやってます。

—-今後はもちろん、全国進出も目指していると思いますが、沖縄県外の人にとっては、お二人が今ネタで使っている方言をすべて理解するのは、けっこう難しいんじゃないかと思うんです(笑)。そのあたりはどのように考えていますか?

クリス たぶん、今より少しはわかりやすくすると思います。ただ、「でーじ(とっても)」とかは使い続けるだろうな…というか、普通に出てしまうし(笑)。むしろ東京とかでは、そういう「沖縄の普通の訛り」が好きな方が多い感じがします。最近は東京や大阪でウチナーグチを使った漫才をやっても、お客さんが笑ってくれるんですよ。

ひが 最初に「沖縄から来ました」って挨拶しただけで、皆さん優しく受け入れてくれて。

クリス 正直、最近は沖縄よりも東京のほうがウケやすいですね。

ひが それは嘘だろ(笑)。

クリス いや、りゅうた本人はわからないだろうけど、りゅうたがマイペースでゆっくりしゃべるだけで、もうお客さんが「ジワジワ来てる」のがわかるんですよ。沖縄では、りゅうたみたいなしゃべり方は当たり前だから、そこでジワることはまずなくて、ウケるかどうかは内容次第なんだけど、東京ではまず雰囲気だけで笑ってくれる。東京のお客さんにしてみたら、ハーフの僕がツッコミで、ウチナーンチュのりゅうたがボケっていう組み合わせも、違和感があって面白いのかもしれませんね。

ひが 沖縄には沖縄芝居の喜劇のように、沖縄独特の笑いがある一方で、内地にも大喜利とか落語とか、独特の文化がありますよね。だから未だに「どうやったら内地の人が笑うのか」は、よくわからないんです。でも、だからこそ、沖縄独特の笑いをそのまま内地に持っていけば、むしろ「新しい笑い」としてウケるんじゃないかと思ってて。内地に合わせるのではなく、自分達の中に根付いているものを内地に持っていって、それで笑ってもらえたらと思っています。

—-ちなみにお二人とも沖縄本島中部の出身で、今も中部に住んでいるそうですが、中部に対するこだわりはありますか?

ひが めっちゃあります(笑)。今も那覇に仕事に来るとき、牧港(浦添市)を超えると緊張するもんね(笑)。

クリス 牧港はもう、那覇だよね(笑)。昔は「沖縄市から出て生活することはないだろう」って思ってたんです。だから仕事で毎日のように那覇に来るようになって、最初の頃はやっぱり緊張しましたね。

ひが やっぱり中部のことは、いつでも忘れたくないというか。中部には林助さんをはじめ、沖縄の民謡界や芸能界で活躍した方々もたくさんいるし、僕らもそういう中部独特の空気感を大事にしたいんです。中部カジャー(香り)がする芸人になりたいですね。

●「沖縄のお笑いといえばありんくりん」を目指したい!

—-さて、お二人は2018年3月から、よしもと沖縄花月で12ヶ月連続の単独ライブをスタートさせます。この企画は、どういった経緯でチャレンジすることになったのでしょうか。

ひが 僕らは2018年夏に「お笑いバイアスロン」、2019年正月に「O-1グランプリ」で優勝して、県内のお笑いコンテスト二冠達成を成し遂げたんですが、まあ「それで調子に乗ってちゃダメだぞ」っていう、言ってみれば試練ですね(笑)。毎月単独ライブをやって、そこで新ネタを発表する!と決めておかないと、僕らは怠けやすいんで。

クリス ケツを叩かれながら、もっと精進していきます(笑)。

ひが それに県内のコンテストで連続優勝したからって、小さい島の中での話ですし、怠けてたらすぐに忘れられてしまいますから。そもそも僕らはまだ全然、自分達の芸を確立できていませんし。連続ライブをやる中で、ショートコントとかものまねとかトークとか、とにかくネタを量産していかないと。芸を増やせればその分、ライバルに差をつけられると思いますし。

クリス 今後はまず県内のテレビ番組で、レギュラーを最低3つは欲しいですね。連続優勝しても、ぜんぜんそういう話は来ないんで(笑)、まずはそこに向かってがんばります。将来的には、全国で「沖縄出身の芸人といえば、ありんくりん」と言われることが目標です。

ひが 沖縄を拠点に活動しながら、内地でもちゃんと売れることを目指したいですね。

—-では最後にもう一度、おーきな祭について伺います。お二人が思う今年の見どころや、オススメのをイベントを教えてください。

クリス まず、おーきな祭は「映画祭」でもあるので、やっぱり映画ですね。たとえば今年に入って、ガレッジセールのゴリさんこと照屋年之さんの監督作『洗骨』が公開されて、県内でも県外でも大きな話題になってますが、あの映画のもとになった短編『born,bone,墓音。』は、2018年のおーきな祭で「地域発信型映画」として上映された作品なんです。今年上映される中にも、そういった形で今後ブレイクする作品があるかもしれないから、そういうのを探しに来るのも楽しいと思いますよ。照屋監督の新作『NAGISA』も上映されますし。

あと、今年はお笑いの本場である大阪から、「吉本新喜劇」がワールドツアーの一環として来沖するので、それも絶対オススメです。だって普段は沖縄の人が「吉本新喜劇」を見ようと思ったら、飛行機代と宿代払って大阪まで行って、さらにチケット代も払わないといけないんですよ。それが今回は、チケット代だけで見れちゃうんですから!(笑) 次はいつ沖縄に来てくれるかわからないし、この機会にぜひ見てほしいですね。

ひが 他にもお笑いステージやイベントで、全国的に活躍している人気芸人の方々がたくさん出演します。あと、沖縄アーティストのライブやエイサーなんかもあるので、そういった「沖縄ならでは」のステージも、ぜひ楽しんでもらえたらと思います。ちなみに僕らはお笑いだけでなく、イベントや上映会の前説なんかもやると思うので、その前説もぜひ見に来てほしいです(笑)。

今回のおーきな祭では、話題に出た照屋監督の『洗骨』をはじめ、話題の映画や過去の名作、沖縄の貴重な記録映像等が上映されるほか、映画スターや芸能人が多数参加するレッドカーペット、人気芸人やアーティストらのライブステージ、スポーツ体験やアート展示、子ども向けのワークショップなど、さまざまな無料イベントも実施される(詳細は http://oein.jp/official/?p=2786 参照)。ありんくりんの二人も「会場に来れば、絶対何か面白いことに出合えます」と太鼓判を押す。

「沖縄のお笑いコンテストで二冠達成した僕らは、今“沖縄で一番面白いコンビ”のはずです(笑)。ぜひ僕らを見つけて“わーキャー”言ってくださいね! 会場で待ってます!」
(取材&文・高橋久未子/撮影・喜瀬守昭)

ありんくりん

沖縄市出身のクリスと、北中城村出身のひがりゅうたによるお笑いコンビ。NSC沖縄卒業後、2014年にデビューし、ウチナーグチや三線など、沖縄の文化や社会背景を取り入れたネタで注目を集める。2018年「お笑いバイアスロン」、2019年「O-1グランプリ」で優勝。現在、那覇市の「よしもと沖縄花月」で12ヶ月連続単独ライブに挑戦中。
プロフィールページ https://blogs.yahoo.co.jp/okinawa_yoshimoto_blog/64665350.html

[Event Info]
◆島ぜんぶでおーきな祭 第11回 沖縄国際映画祭
https://oimf.jp/

日時:2019/4/18(木)~21(日)
場所:那覇市(波の上うみそら公園/国際通り周辺/新都心公園/沖縄ラフ&ピース専門学校/よしもと沖縄花月/桜坂劇場/首里劇場/琉球新報ホール/てんぶす那覇)、宜野湾市(宜野湾市民会館/トロピカルビーチ)、北中城村(イオンモール沖縄ライカム)、北谷町(ミハマ7プレックス)、沖縄市(沖縄市民会館)他

実施イベント:レッドカーペット/オープニングセレモニー/クロージングセレモニー/映画上映/映像コンテンツコンペティション/お笑い・音楽・ダンスなどのエンタテインメントショー/スポーツイベント/アートイベント/物産イベント/企業団体市町村PRブース/各種ワークショップ 他