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箆柄暦『八月の沖縄』2019 『失われた海への挽歌 2019』

2019.07.29
  • インタビュー
箆柄暦『八月の沖縄』2019 『失われた海への挽歌 2019』

《Piratsuka Special Interview》

松田弘一・徳原清文・内里美香・村吉茜
『失われた海への挽歌 2019』
~失われつつある沖縄の美しい海への思いを込めて~

『失われた海への挽歌』は、今から44年前、1975年に2枚組レコードで全国発売された沖縄民謡アルバムだ。企画構成を手がけたのは、ルポライターとして活躍していた故・竹中労(1991年没)。彼は1960年代末から沖縄と関わって島うたに惚れ込み、その魅力を本土に伝えるべく、“島うたの神様”こと故・嘉手苅林昌(1999年没)を中心に名だたる唄者を集め、30数枚のレコードを制作した。『失われた海への挽歌』は、そのうちの1枚である。

当時アルバム制作の背景にあったのは、1972年の沖縄本土復帰後、急速に進む島々の開発とそれに伴う海洋汚染により、元の美しさを失っていく海への哀惜だった。人々の暮らしに寄り添い、海洋独立国家・琉球の繁栄を支えた海が、石油コンビナートや工場の建設で埋め立てられ、流れ出た赤土で無残に汚されていく。竹中はその状況を憂い、嘉手苅の歌三線で「海」にまつわる民謡を収録し、それを「沖縄の海を奪い汚す者への告発の<うた>」として世に出した。そこから40数年たって今、沖縄の海はどうなったか。ことに昨年末から始まった辺野古の海への土砂投入の映像には、衝撃を受けた人も多いに違いない。

「沖縄の美しい海を残したい」。その思いを核に、竹中のコンセプトを現代の視点で捉え直し、今年新たに制作されたのが『失われた海への挽歌 2019』だ。プロデュースを務めたのは、生前の竹中とも交流のあった島唄案内人の小浜司。歌い手には大ベテランの松田弘一と徳原清文、そして若手から南大東島出身の内里美香と、久米島出身の村吉茜が抜擢された。彼らはこの作品に、どのような思いで向き合ったのか。小浜と村吉に話を聞いた。

●「今の沖縄の海」を表現できる唄者が揃った

—-まず、このアルバムはどういった経緯で制作されたのでしょうか。

小浜 最初は(CDの発売元である)リスペクトレコード社長の高橋研一さんから、「昔、竹中労さんが作った『失われた海への挽歌』のような民謡アルバムを、今この時期だからこそ、もう一度作りたい」と相談があったのがきっかけです。僕もそのアルバムには個人的に思い入れがあったので、「それはいいアイディアだ」と。

高橋 僕自身、このアルバムは以前からよく聴いていたんですが、昨年から辺野古の海で工事が進められていく映像を見たときに、「今こそ、このアルバムのメッセージがすごく重要になるんじゃないか」と思ったんです。政治的にどうのこうのという以前に、青い海がどんどん汚れていくのは見ていられないですよね。それで小浜さんに「こういうアルバムを作りたい」と相談して、プロデュースを引き受けていただきました。

—-元のアルバムがリリースされたのは1975年。沖縄が本土復帰して3年後、沖縄本島勝連沖の平安座島に石油コンビナートができて、島々をつなぐ海中道路が作られた頃です。

小浜 そう、僕らも当時は高校生くらいで、建設反対運動に参加していました。竹中さんは「観光穢土」と表現してましたけど、「ウチナーは観光という名目のもと、ヤマトの資本にすべてを収奪されるんじゃないか」と危惧していた。それに警笛を鳴らすために作られたのが、このアルバムだと思います。

僕自身が竹中さんと初めて会ったのは1983年で、このアルバムが出た頃はまだ交流はなかったけど、1985年くらいから(付き合いが)始まって、それ以降の竹中さんの沖縄関連の仕事には、全部関わっています。そのつながりで、今も竹中さんのご遺族と連絡が取れるので、まず僕から「こういうコンセプトでアルバムを作りたいので、タイトルを使わせてほしい」とお願いして、許諾をいただきました。

—-竹中さんの遺産を今、自分なりの視点で捉え直して、改めて新作を作るという作業ですね。

小浜「竹中さんが残してくれたものを、もう一度きちんとまとめなきゃいけない」という思いは、いつも心の中にあります。ただ、今回はそれはいったん置いておいて、歌い手には「今の沖縄の海を歌ってほしい」と伝えました。

もちろん前作への思い入れはあるし、今作と前作で重なるところもあるけれど、前作の真似はしたくなかったし、現代ならではの視点を入れたいなと。歌い手に松田弘一と徳原清文を選んだのは、この2人ならそれができると思ったからです。彼らは本当に小さいときから、海に親しんで育ってますから。今の沖縄の海を表現できる唄者としては、最高の2人だと思います。

—-選曲も小浜さんと弘一さん、清文さんの3人で行ったとか。

小浜 そうです。まず最初にそれぞれが候補曲を挙げて、2回目の打ち合わせでどの曲を歌うか決めて、3回目で録音しました。僕自身は特に選曲にこだわりはないので、彼らが歌いたい歌にこだわってもらって。やっぱり2人とも達人だから、録音までの間に、頭の中に歌ができあがってるわけよね。清文さんは、「鳩間節」では特別に海をテーマにした歌詞を持ってきてましたし。

—-その大御所お二人に加えて、若手の内里美香さんと、村吉茜さんを起用したのは?

小浜 一つには、彼女たちが離島の出身ということです。やっぱり今の沖縄の海を表現するには、離島出身で勢いのある若手の視点が必要だなと。美香は南大東島、茜は久米島で、どちらも海に親しんで大きくなっているからね。茜なんか、砂浜でヒトデを枕に寝てたっていうし(笑)。

村吉 まあ、久米島は他に遊ぶところがないので、海に行くしかないというのもあったんですけど(笑)。

—-茜さんは、前のアルバムのことはご存じでしたか?

村吉 いえ、知らなかったです。小浜さんから「昔こういうアルバムがあって、その現代版を出そうと思う」ってお話を伺って、最初は「私でいいのかな?」っていう気持ちもあったんですけど、それ以上に素晴らしい先輩方と共演できるというのが嬉しくて、「ぜひお願いします」とお返事しました。

小浜 やっぱり、唄者にとっては場数を踏むことが一番大事だと思うんです。一昔前、今60代くらいの歌い手が若手だった頃は、民謡クラブとか興行とか、のど自慢大会とかお祝いの席とか、とにかく歌う場所がたくさんあったし、そういう場所で庶民の目にさらされながら毎日のように歌うことで、彼らは腕を磨くことができた。

でも、今の若い子にはそういった場がなかなかないんです。僕は才能のある人には、濃密な「場」を与えたほうがいいと思うわけ。言ってみれば今回のレコーディングも、そういう「場」の一つですね。

●沖縄の若手唄者にもぜひ聴いてもらいたいアルバム

—-今回、タイトル曲として1曲目に「失われた海への挽歌 2019」が入っています。これは沖縄民謡の「ジントーヨー小(カイサレーともいう)」のメロディに、小浜さんがオリジナルの歌詞をつけたものですが、この曲を入れた理由は?

小浜 今回はテーマが「今の沖縄の海」で、辺野古の埋め立て問題とかもあるし、自分自身も琉歌(琉球諸島独自の八・八・八・六文字で書かれる短詩)で参加したいと思ってたんです。そうしたら弘一さんが「じゃあ、ジントーヨー小にのせて歌詞を書け」と言ったので、よし、やりましょうと。実際に書いてみたら、なかなかに大変でしたよ(笑)。即興の唄遊び風にしたかったので、わざと字足らずや、字余りの部分も作ったりしてね。

—-内容的には、「琉球の海はホテルになる、コンクリートだらけ」、「あんなに美しかった辺野古の砂浜が変わり果ててしまった」、「美しい山原の海に基地を作るバカがいる」、「めでたいはずの海に滑走路を作って、戦争の地獄を思い出させるなんて」など、沖縄の現状にずばりと切り込んだものになっています。

小浜 自分としてはまったく普通というか、今の生活の中で感じたことを書いただけなんだけど、特に内地のメディアには「過激」と受け止められたようですね(笑)。ただ、僕はもともと(沖縄本島北部の)本部町の生まれで、今は国頭村に住んでるので、辺野古の問題も含めて「語るべきことは語るべき」と思っていて。

たとえば僕が小さい頃には、家の近くに白くて長いきれいな砂浜があったんですが、1975年の沖縄国際海洋博覧会に向けた工事が始まったとたん、潮目が変わって砂浜が半分以上消滅してしまったんです。その一方で海洋博の会場内に、人工の真っ白いビーチができてたりしてね。「なんじゃこりゃ、おぞましいなあ」と思った記憶があります。

といっても、今回の歌詞は遊び歌みたいなものだから、最初は「ボーナストラックみたいに、最後に入れたらいいかな」と思ってたんです。でも、唄者がみんな一生懸命に歌ってくれて、すごく出来がよかったんですよ。それで高橋さんとも相談して、曲名もアルバムと同じにして、1曲目に収録することになりました。

—-この曲は、沖縄から内地へのメッセージでもありますね。

小浜 ええ、そうなったと思います。まずは歌詞やテーマに関心を持ってもらえれば、ふだん民謡を聴かない人にも届くでしょう。そこから入って、次はアルバム全体をじっくり聴いてもらえれば、沖縄の現状が見えるだけじゃなく、唄者たちの最高水準と言ってもいい歌三線そのものの素晴らしさも、ひしひしと感じられるはずです。弘一さんや清文さんはもちろん、これからさらに伸びていくだろう美香や茜の歌にも、ぜひ注目してもらいたいと思います。

あと、このアルバムは沖縄の唄者たちにもぜひ聴いてもらいたいですね。今、沖縄の民謡には海と同じように、失われつつあるものがあって、その最大のものが「言葉」なんです。僕は今60歳ですけど、小さい頃にウチナーグチを使うと殴られた世代ですから、ウチナーグチは聞けても正しくしゃべれない。だから先輩方の前でウチナーグチを使うと、「お前のウチナーグチはおかしいよ」って指摘される。

そう言われると、やっぱりシュンとするんだけど、でも結局は「使うが勝ち」でね、どんどんしゃべって、指摘されて、それで間違いを正していくわけです。そうやってるうち、先輩方の間違いにも気付いたりするんですけど(笑)。若い唄者たちにはぜひ、このアルバムをお手本にしてもらえたらと思います。

村吉 そういえば先日、清文先生とご一緒したとき、先生がある歌の歌詞について「これは今、こういうふうに歌われているけど、本当にこれで正しいのかな?」って話をされてたんです。言われてみれば確かに、その歌詞だと意味がわからないんですよね。先生は「この歌詞では意味がわからないということは、本来の歌詞とは違ってるんじゃないか」と疑問を持たれてて、これってすごいな、と思いました。

私が民謡を覚えるときは、本に載ってる歌詞やメロディが当然正しいと思い込んでて、「これで合ってるのか?」なんて疑問を持ったことはありませんでした。でも、もしその歌詞が間違ってて、それをそのまま覚えてしまったとしたら、その後も伝言ゲームのようにどんどん歌詞が変わっていって、最後には何を言ってるかわからなくなってしまうかもしれません。

今の時代、話し言葉としてのウチナーグチはすでに消えつつあって、あとは歌で残すしかないんだから、歌詞はきちっと正しく残していかないといけない。そのためには、私も今後は常に「この歌詞やメロディは、これで本当に正しいのか?」と疑問を持ちながら歌っていかないといけないな、と思いました。

●沖縄の海は、沖縄だけの海じゃない

—-茜さんが今回、録音で苦労したことはありますか?

村吉 今回はレコーディング前に稽古もいっぱいして、自分が歌う歌の内容も理解したつもりだったので、特に苦労したということはなかったです。録音では清文先生とコンビ歌も歌わせていただきましたが、先生の唄三線を間近で見ていると、ちょっとした三線の弾き方や歌い方の違いで、歌がすごくかっこよくなるんだことがわかるんですよね。素晴らしいお手本の隣で歌うことができて、本当に幸せでしたし、勉強になりました。

ただ、タイトル曲の「失われた海への挽歌 2019」の録音だけは、緊張しましたね。この曲は当日に歌詞をもらって、「はい、こことここを歌って」って言われて、しかも先生方お二人と美香ねぇと4人揃ってスタジオに入って、せーので一発録りだったので。一発録りって、誰かが間違えたら「はい、また最初から」ってなるじゃないですか。それが怖かったです(苦笑)。

—-「失われた海への挽歌 2019」の歌詞に込められたメッセージについては、どのように感じていますか。

村吉 実は東京で取材を受けたとき、政治の話と絡めて聞かれたりもしたんですけど、私自身はそういったことはあまり詳しくなくて…。ただ、もともと沖縄の民謡って、自分の生活を歌ってる歌がほとんどだと思うんです。親を思う歌、子を思う歌、島を思う歌。そういう歌と同じように、この曲もごく普通に、今の沖縄の海を思って歌いました。だって、あんなにきれいな辺野古の浜に土砂が投入されて、海が汚れていくのを見てるのは辛いじゃないですか。内地からしてみれば、ニュースで流れる政治の話かもしれないけど、沖縄で暮らす人間にとって「この美しい海を守りたい」というのは、当然の心情だと思います。

それに「海を守る」というのは、沖縄だけの問題ではないですよね。すべての海はつながっているから、沖縄の海は沖縄だけの海じゃない。沖縄で海が汚れたら、その影響は必ず他のところにも現れると思います。

村吉の言葉通り、本作は、沖縄や沖縄の海を愛する人はもちろん、沖縄と“海続き”である全国の人々にもまた、広く聴かれるべき作品であろう。アルバムと併せ、唄者4人が揃う9/7(土)の発売記念ライブ(那覇・桜坂劇場)と、小浜や内里が参加する10/5(土)の発売記念イベント(東京・代官山蔦屋書店)もぜひ足を運び、彼らがこの作品に込めたメッセージを、しっかりと受け止めてもらえればと思う。(取材&文:高橋久未子/撮影:喜瀬守昭)

[CD Info]
松田弘一・徳原清文・内里美香・村吉茜
『失われた海への挽歌 2019』

リスペクトレコード
RES-317~318(2枚組)
3,700円(税別)
2019/7/24発売

[DISC1]失われた海への挽歌 2019(ジントーヨー小)/パラダイスうるま島/勝連節~伊計離り節/だんじゅかりゆし/伊良部トーガニー/浜育ち/仲島節/やっちゃー小~屋嘉ぬ浜/与那国小唄/ましゅんく節/平安名の真津小/白保節/嘆きの渡り鳥/新鳩間節/渡海ふぃじゃみ節
[DISC2]前海スィンボーラー/でんすなー節/毛遊び千鳥/永良部百合の花/海ヤカラー~スーリー東/南洋浜千鳥/屋慶名クワディーサー/遊びションガネー~貫花/多良間ションガネー/てんよー節(中立ぬみかがま)/白鳥小節/今帰仁ぬ城~イマサンニン/十番口説/取納奉行/平安節~久高節

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[Live Info]
◆アルバムリリース記念コンサート@那覇

出演:松田弘一/徳原清文/内里美香/村吉茜(以上歌三線)/浜川恵子(琉琴)/金城裕幸(笛)
企画・構成:小浜司(アルバムプロデューサー・島唄案内人)

日時:2019/9/7(土)18:00開場/18:30開演
場所・問合せ:桜坂劇場ホールA(那覇市) TEL.098-860-9555
料金:前売3,000円/当日3,500円 ※1ドリンク別途300円

◆アルバム発売記念イベント@東京

出演:中村征夫(水中カメラマン)/平井茂(カメラマン)/小浜司(アルバムプロデューサー・島唄案内人)/内里美香(歌三線)/丸山有美(司会)

日時:2019/10/5(土)17:30開場/18:00開演
場所・問合せ:代官山蔦屋書店 TEL.03-3770-2525
料金:2,000円 ※1ドリンク付

松田弘一(まつだ・ひろかず)
1947年、北谷町出身。幼い頃より三線を覚え、12~3歳の頃には民謡のど自慢に出場。高校時代にはロックバンドと並行して、村のエイサー行事を先導した。20歳を過ぎて津波恒徳に師事し、本格的に民謡に取り組む。これまでにオリジナル新作民謡を100曲以上創作。民謡ユニット「ザ・フェーレー」の親分としても活躍中。

徳原清文(とくはら・せいぶん)
1949年、与那城町(現うるま市)出身。中学時代から三線に親しみ、エイサーなど村の行事に三線で参加。のちに登川誠仁に弟子入りするや、メキメキと頭角を表し、登川の右腕として沖縄芝居の地謡を務める傍ら、民謡クラブで歌い始める。民謡ユニット「ザ・フェーレー」のメンバー(リーダー)としても活躍。99年、沖縄県指定無形文化財琉球歌劇保持者。

内里美香(うちざと・みか)
1980年、南大東島出身。幼い頃から島唄に興味を持ち、新垣則夫に師事。高校進学のため沖縄本島へ渡り、2年生のときにナークニー大会で優勝(最年少記録)。1999年に1stアルバム『たびだち』をリリース。現在は故郷の南大東島を拠点に活動している。

村吉茜(むらよし・あかね)
1988年、久米島出身。母親も祖父も民謡歌手という環境に育ち、14歳で稲嶺けい子に師事。高校進学のため沖縄本島に出てからは、山内昌春や祖父に師事して本格的に歌の道に進み、17歳のとき「新唄大賞」でグランプリを受賞。2008年、1stアルバム『美童ぬ花』をリリース。